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2016年 08月 09日

第34回 めぐろ観光講座―東京五不動尊巡り バスの旅―

平成28年8月5日(金)9時~「第34回めぐろ観光講座―東京五不動尊巡り バスの旅」が開催されました。中目黒~目黒不動尊~目青不動尊~ビュッフェランチ~目白不動尊~目赤不動尊~目黄不動尊~中目黒のコースです。
真夏の 35℃の中、13名のお客様と元気いっぱいスタートしました。
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目黒不動尊  瀧泉寺 〔目黒区〕

慈覚大師が下野から比叡山に向かう途中、目黒で宿を取りました。その時、不動明王の夢を見たので、その像を彫り安置したのが寺の始まりと言われています。正式名は「泰叡山瀧泉寺(たいえいざんりゅうせんじ)」といい、関東最古の不動霊場として、日本三大不動の一つに挙げられています。
【目黒不動尊・木原不動尊(熊本)・成田不動尊(千葉)】  
ご尊像は秘仏として12年に一度、酉年にご開帳されます。(来年の平成29年が酉年にあたります。) 
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目青不動尊 最勝寺教学院 〔世田谷区〕

竹園山最勝寺教学院という天台宗のお寺です。創建は応長元年(1311)で、開基は法印玄応大和尚。当初は江戸城紅葉山にあり、その後麹町、赤坂、青山南町に移転し、明治42年(1909)に現在地に移転しました。
不動尊は麻布観行寺の本尊で目黒不動と同じ慈覚大師作と言われています。お堂には正面に不動尊、右に閻魔大王、左に奪衣婆が安置され「青山の閻魔様」といわれ有名でした。経文の天上界と地上界の間にたなびく青い雲の色に基づく不動尊ということで、「縁結びの不動」として信仰を集めています。
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目白不動尊 金乗院 〔豊島区〕

神霊山金乗院慈眼寺という真言宗のお寺で、永順法印が文禄3年(1594)に観音堂を草創しました。
不動尊は金乗院より東へ1Km 文京区関口の高台にあった新長谷寺の本尊で弘法大師作の断臂(だんぴ:肘を断ち切る)不動明王とよばれる秘仏です。家光が目白の号を贈り、そのあたり一帯を目白台と呼ぶようになりました。五代将軍綱吉やその母の桂昌院も参詣しています。「丸橋忠弥の墓」、「青柳文蔵の墓」にお参りし、不動明王の法形を現した庚申塔「俱利伽羅不動庚申」を見学しました。
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目赤不動尊 南谷寺 〔文京区〕

大聖山東朝院南谷寺、天台宗のお寺で比叡山の万行律師が伊賀(三重県)赤目山で不動尊を授かりその後江戸の駒込の動坂に赤目不動として祀っていましたが、家光の目にとまり赤目を目赤に変えるように命じられ、現在地に移りました。秘仏で12年に一回酉年にご開帳されます。
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目黄不動尊 最勝寺 〔江戸川区〕

牛宝山明王院最勝寺、天台宗のお寺です。貞観2年(860)に慈覚大師が隅田川のほとりに牛島神社とともに創建し、大正2年に現在地に移りました。本尊は慈覚大師作の釈迦如来です。不動堂には不動明王が中心に、四周(東西南北)に四大明王が配置され、不動明王と合わせて五大明王となります。
東京五色不動巡りの締めくくりに相応しく、唯一ご開帳をさせていただきました。
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目黒から東京五不動を巡るバスの旅ー第34回めぐろ観光講座は、無事終了いたしました。
これからも、魅力あるめぐろ観光講座を開催してまいりますので、みなさまのご参加を心よりお待ちしております。
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# by meguro-kanko | 2016-08-09 08:17 | めぐろ観光講座 | Trackback
2016年 07月 01日

第33回 めぐろ観光講座―洗足・大岡山のまち歩き―

平成28年6月30日(木)10時~「第33回めぐろ観光講座―洗足・大岡山のまち歩き」が開催されました。洗足駅~宮野古民家~清水窪~大岡山駅~東京工業大学~そして足を延ばして、洗足池までの長い道のりのコースです。前日の雨は止んで、曇りのお天気の中のまち歩きは、23名のお客様が2班に分かれて、元気いっぱいスタートしました。

洗足駅

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【洗足駅~プリンセス通り】

『理想的な住宅地「田園都市」の開発』
を目的とする田園都市(株)が分譲した
「洗足田園都市」という分譲地だった事が、駅名になった直接の由来と言われています。  駅前のイチョウ並木は、愛称「プリンセス通り」と呼ばれています。










宮野古民家自然園

宮野古民家母屋の中で、財団の秋山様よりお話を伺いました。およそ230年前に建てられた母屋は、玄関を入ると土間で、農家にとって重要な作業所兼台所だったことがうかがえます。
目黒地域の近世農村史の重要な資料になると評価され、目黒区有形文化財に指定されています

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都会の中の目黒にあって、門をくぐり一歩足を踏み入れると、そこは200余年前にタイムスリップできる風景が広がっています。






財団の方のお話に耳を傾け、母屋の各部屋を見学しました。
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四季折々の木々や花たちが、昔の面影をそのまま残した庭園と母屋の佇まいは、心が落ち着く空間でした。


清水窪

周りの住宅地から一段低くなった地に今から200年頃前、わき出す湧水地に冷気を感じ「清水窪弁財天」
を祀ったといわれています。欅(ケヤキ)の木の根元からは、今も染み出すように水が出ています。この
湧水は洗足池の水源の一つで、「東京の名湧水57選」に入る貴重なものです。
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東京工業大学

最先端の質の高い教育・研究を行い「世界最高の理工系総合大学」を目指している東工大。日本のMITと呼ばれる、東工大の格調高い建物を見学し、歴史を知ることができました。

【百年記念館】 
東工大が100周年を迎えた1981年(昭和56年)に計画され『科学・技術の教育・研究百年』の業績の保存と展示を中心とした博物館的な建物として、1987年11月に開館しました。キャンパスを代表するシンボルとして、また学内外を問わず広く地域に開かれた施設として多くの方々に利用されています。
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登録有形文化財(建造物)に登録の、【本館】・【西1号館】・【70周年記念講堂】
【環境エネルギーイノベーション棟】 
壁全体に太陽電池パネルを設置した環境エネルギーイノベーション棟は、棟内で消費する電力をほぼ自給自足できるエネルギーシステムをもつ研究棟です。
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洗足池

洗足池は、武蔵野台地の湧水をせき止めた池で、かつては「千束郷の大池」と呼ばれていました。美しい景色を眺めながらボートを楽しんだり、7月23日(土)には「ほたるのゆうべ」があります。
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明治12年(1879年)、戦死した西郷隆盛をいたみ、勝海舟が私費で建てた碑です。
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官軍の置かれた池上本門寺に向かう途中、洗足池畔に憩い、風景にうたれここに墓を作ることを遺言しました。
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勝海舟の別邸「洗足軒」を保存し、清明会が昭和8年に開館しました。外観は左右対称にデザインされ、正面玄関から立ち上がる4本のネオゴシックスタイルの柱型やアール・デコ調の建具などが特徴です。本日は外観のみの見学でした。
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日蓮上人が袈裟を掛けた『袈裟懸松』が護られています。
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充実した第33回めぐろ観光講座は、無事終了いたしました。
これからも、魅力あるめぐろ観光講座を開催してまいりますので、
みなさまのご参加を心よりお待ちしております。
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# by meguro-kanko | 2016-07-01 17:17 | めぐろ観光講座 | Trackback
2016年 05月 31日

第32回 めぐろ観光講座―めぐろと歌舞伎Part.2―

平成28年度の第一回目のめぐろ観光講座が、平成28年5月27日(金)に開催されました。
めぐろ観光まちづくり協会発行の、「めぐろEYE's Vol.11 めぐろと歌舞伎」をまち歩きで再現
していく,とても興味深い観光講座です。多数の応募があり抽選によって参加者(30名)を決め
た、人気の観光講座でした。今回は、東京大学駒場博物館勤務の丹羽みさと先生による、
歌舞伎の中で演じられてきた八百屋お七と権八に関する講義を1時間聞いた後、まち歩きを
してお寺を訪ねました。

【講義:めぐろと歌舞伎】 
【講師:丹羽 みさと 先生 東京大学駒場博物館・立教大学非常勤講師】 
下目黒住区センター 会議室にて、プロジェクターで八百屋お七と白井権八に関する映像を見せていただきながら、めぐろと歌舞伎の関係を、お話ししてくださいました。 
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丹羽(にわ)みさと先生 プロフィール:   
1976年東京都生まれ。立教大学卒。博士(文学)。国文学研究資料館研究員を経て、東京大学駒場博物館に勤務。また立教大学・相模女子大学・専修大学等で講師を勤める。
近世文学・文芸の近代における変遷を研究対象とする。作品としては特に「八百屋お七」に注目し、多岐にわたる江戸から昭和のお七物を分析、その差異や特色を明らかにしている。
また維新期の文芸に関わる人物として福地桜痴を取り上げ、演劇(歌舞伎)の変化にどのような影響を与えたのかを考察している。

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~八百屋お七と大円寺~
江戸時代から現在まで歌舞伎で人気の演目「八百屋お七」は江戸三大火災の一つ、天和の大火に被災した少女お七が、避難先の寺院で少年と恋に落ちる。家が再建され、別離となった後、彼女は再度避難すべく放火する。その罪によって火刑になったという物語。また、井原西鶴からは、お七の恋人(吉三郎)は、お七の死後出家して菩提を弔うというスタイルとなる。西運の墓がある目黒の大円寺の所蔵物(念仏修行の鉦)から、吉三=西運説を提唱(三田村鳶魚「八百屋お七歌祭文」『日本及日本人』政教社、明治44年)。


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~権八小紫と瀧泉寺~
歌舞伎世話物の一系統。鳥取藩士平井権八は本庄助太夫を殺して江戸へ逃げ、強盗殺人を犯して自首し、処刑され、愛人である吉原三浦屋の遊女小紫がその墓前で自害した。
以上、目黒に残る比翼塚の由来による。
※文章は当日配布資料より抜粋







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【まち歩きスタート】
さあ!丹羽先生の講義のあとは、まち歩きです。

下目黒住区センターを出たときは、気温25度であいにく小雨が降っていました。各班14名で2班に分かれて出発しました。



◆大 圓 寺
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大圓寺は徳川幕府がようやく軌道に乗りはじめた元和年間(1615~23)頃、湯殿山の修験僧大海法印が、大日如来を奉じて山を下り、目黒の地に祈願道場を開いたのが始まりとされています。
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【阿弥陀堂】 
特別参拝で「お七地蔵」が祀られている阿弥陀堂で、お寺さまより法話をしていただきました。
江戸中期の明和九年に大圓寺から出火し、その後76年間もの長い間再建の許可がされませんでした。廃仏毀釈などを乗り越えてきた、一言では語りつくせない歴史あるお寺です。最近では、海外からも注目され取材を受けています。冒頭の「歌舞伎の八百屋お七のお話はご存知ですか?」との問いかけには、みなさんが、笑いとともに、大きくうなづいていらっしゃいました。

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大円寺を出て行人坂を下ると雅叙園前に「お七の井戸」が見えてきます。さらに下ると、目黒川にかかる「太鼓橋」を渡り、電車道を通って瀧泉寺へ向います。

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◆目黒不動 瀧 泉 寺

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歌舞伎で有名な台詞「お若えの、お待ちなせえ(やし)」~を
ガイドさんとお客様で唱和し、歌舞伎の世界に浸るひと時を過ごし、瀧泉寺を後にしました。

◆安 楽 寺

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「かむろ坂」を通り、不動前駅の前を過ぎ、氷川神社を通り、安楽寺に向かいました。安楽寺では「連里塚」や庚申塔などを参拝し、第32回めぐろ観光講座は、終了いたしました。今回は、歌舞伎の講義とお寺さまの法話、まち歩きと充実した観光講座を無事終えることができました。


これからも、魅力あるめぐろ観光講座を開催してまいりますので、みなさまのご参加をお待ちしております。
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# by meguro-kanko | 2016-05-31 15:46 | めぐろ観光講座 | Trackback
2016年 03月 11日

めぐろEYE'S vol13 が発行されました!

めぐろEYE'S vol.13 目黒雅叙園~ めぐろの竜宮城
---ずっと前からそこにあって、みたことのない場所
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過去も現在も、めぐろの竜宮城。
絵にも描けない美しさー。おとぎ話の中で、浦島太郎が夢のような時を過ごした竜宮城。それはきっと、こんな様子だったにちがいない!


昭和の時代、人々にそんな感慨を抱かせた場所がありました。それが目黒雅叙園。現代でも目黒の代名詞的スポットですが、「名前は知ってるけど、どんな所?」という人も案外多い様子。

結婚式場?ホテル?料亭?どれも正解ではありますが・・・ではさっそく、謎多き「めぐろの竜宮城」へご案内しましょう。
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戦争や貧困などが暗い影を落とす中、一般大衆に束の間でも「お大尽気分」をー。
そうして出現したのは、壁も、天井も、廊下も美術品で埋め尽くされた絢爛豪華な異空間。
雅叙園の素晴らしい意匠や装飾。
そして6つの雅叙園伝説
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大改築前の雅叙園
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目黒雅叙園の歴史をもっとも雄弁に物語る百段階段
百段階談が結ぶ、6つの間
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目黒の不動様の居まはりだけは、不思議に昔ながらの俤(おもかげ)をとどめている(鏑木清方)
江戸時代から郊外の行楽地として賑わった目黒川沿いは、昭和の初めころまで江戸の風情を残していたようです。
不動産業を営んでいた細川力蔵は、目黒の広大な土地を手に入れ、昭和6年「目黒雅叙園」として北京料理と日本料理の営業を開始しました。当時としては画期的な独自サービスの数々を実施し、拡張を繰り返しました。

目黒雅叙園の歴史 ~創業者 細川力蔵の思い
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協会で無料配布しています。
お電話もしくは協会HPよりお申し込みいただければ郵送いたします。
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# by meguro-kanko | 2016-03-11 08:04 | めぐろEYE'S | Trackback
2016年 01月 11日

第31回めぐろ観光講座―山手七福神巡り―

新年を迎えた平成28年1月7日(木)「第31回めぐろ観光講座―山手七福神巡り」が開催されました。
松の内最終日、お天気も祝福しているかのような晴天のなか、28名の方が参加され、2班に分かれて当協会のボランティアガイドさんのガイドでまち歩きがスタートいたしました。

七福神参りは室町時代に始まったといわれています。庶民に広がり七福神巡りという形態が確立されたのは、江戸時代になってからです。(※山手七福神の御利益 : 無病息災や長寿祈願の場合は、覚林寺から先に巡るとよいといわれています。また、商売繁盛祈願の場合は、目黒不動 龍泉寺から始めるとご利益があるといわれています。)

◆覚林寺 「毘沙門天」(清正公)

毘沙門とはインドのヴァイシュラヴァのこと。災難除け、財宝富貴などの御利益があります。別名「多聞天」一切もらさず聞くことのできる大智者。四天王に含まれるときは多門天、単独では毘沙門天と呼ばれます。
覚林寺では、七草粥がお供えされていました。
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◆瑞聖寺「布袋尊」

布袋尊は、家庭円満・豊かな暮らしの守護神で、唯一実在した中国の僧侶(中国唐代末期の僧 契比(かいし)と言う)がモデルと伝えられています。大きな太鼓腹とにこやかな顔で親しみのある神様。袋の中の財宝で貧者を救うとも言われ、福運と大量の御利益をもたらす福神として人気が高い神様です。
瑞聖寺では、境内中央の大雄宝殿にご安置されています。
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次に、東大の総長、内田祥三の設計によるネオゴシック調の建物である、東大医科学研究所・旧国立公衆衛生院の建物を観て、妙円寺へと向かいます。

◆妙円寺「福禄寿尊・寿老人尊」(白金妙見)

福禄寿尊は、幸福・財産・長寿のご利益があるといわれています。
白く豊かな髭を生やし、長頭短身で頭と胴がほぼ同じ長さです。長寿のシンボルとして鶴を伴っています。
寿老人尊の風貌は道教の神仙の姿をしていて、均整の取れた姿で描かれることが多く、白い髭をたくわえ、巻物をくくりつけた杖を持っています。傍らには鹿。鹿はロクという読みが禄に通じることから、延命長寿のほかに福録・富貴の神様として信仰されています。
福禄寿と寿老人は同一人物であるという説もあります。
妙円寺の紋は七つ星(北斗七星)桔梗で日蓮宗を表しています。紅梅が満開でした。
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目黒駅を通りすぎ、行人坂を下る途中に大円寺が見えてきます。

◆大円寺「大黒天」

大黒天は五穀豊穣の神様です。右手には打ち出の小槌を持っていて、財産を守り増やすご利益があるとされています。大円寺釈迦堂の生身の釈迦如来像、清凉寺式釈迦如来像がご開帳されていました。
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目黒雅叙園を左に見ながら、太鼓橋を渡って蟠龍寺に向かいます。

◆蟠龍寺「弁財天」(岩屋弁天)

弁財天は智慧・音楽・芸術の上達などにご利益がある技芸の神様です。岩窟内には、石像弁財天が、弁天堂内には木造弁財天がご安置されています。
境内の池の奥には 「おしろい地蔵」がたたずんでいました。
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海福時、五百羅漢寺、成就院(蛸薬師)を通り過ぎ龍泉寺へ向います。

◆龍泉寺「恵比寿神」(目黒不動)

恵比寿神は商売繁盛・多幸をもたらす日本古来の民族神で、肩に釣り竿、左脇下に鯛を持っています。七福神唯一の日本出身の神様です。恵比寿は元々漁師、海上の神といわれ、暴利を貪らない清廉な心を持つとされることから、広く商業全般で商売繁盛の福神として信仰されるようになりました。同じお堂に弁財天、大黒天も安置され「三福神」として祀られています。お堂手前の湧水はお参りの後に金を洗うとご利益があるといわれています。
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七福神巡りはここで終了しましたが、残られた方に、本尊の不動明王、大日如来座像、そして青木昆陽の墓までガイドをしてくださいました。
今回の観光講座は大変人気で、抽選をいたしました。また、幕の内でしたので、全てのお寺でご開帳ができ、一年の始まりにふさわしい縁起の良い観光講座でした。おみくじだるまを購入される方もいました。
これからも、魅力ある観光講座を行ってまいりますので、めぐろ観光講座へのご参加を、心よりお待ちしております。
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# by meguro-kanko | 2016-01-11 15:00 | めぐろ観光講座 | Trackback